東日本大震災復興希望ソング「幸せの歌」|可児波起・STAND WAVEの復興支援記録
更新日:9月25日

最終確認:2026年9月22日
2011年3月11日。僕にできることを考えた
東日本大震災のあと、僕にできることを考えたとき、手元にあったのは音楽でした。
被災地では、音楽を楽しむ余裕すらない人が大勢いる。だから現地へ押しかけるのではなく、まず「幸せ」「希望」「故郷」をテーマに曲を作り、CDと手紙にして届けることから始めました。
復興希望ソングを、最終的に1,000校以上へ
STAND WAVEとして「幸せの歌」「希望がある」「この町」などを収録した復興希望ソング集を制作しました。
CDと手紙は、東日本大震災で被災した地域の小学校・中学校・高校へ送り続け、最終的に1,000校以上へ届けました。これは当時の僕自身の活動記録に基づく数字です。
手紙をきっかけに、現地へ通うようになった
子どもたちや学校から届いた返事をきっかけに、福島、岩手県大槌町、宮城県山元町などを訪ねるようになりました。
体育館、教室、仮設住宅、復興食堂。ギターを持って歌うだけでなく、現地の人と話し、一緒に時間を過ごしました。支援という言葉より、「会いに行く」という感覚へ変わっていきました。
3年以上、132日。音楽から仕事の支援へ
活動は3年以上にわたり、現地で過ごした日数は合計132日に及びました。音楽だけでなく、地域の事業者のWeb、マーケティング、EC、観光や情報発信の支援へも広がっていきました。
一度行って終わりではなく、つながり続ける。その姿勢は今の仕事にも残っています。
朝日新聞文化財団の助成記録
2013年度、公益財団法人 朝日新聞文化財団の芸術活動助成一覧には、「音楽・被災地支援」「幸せの歌プロジェクト」「可児波起」と記録されています。
僕にとって大切なのは評価そのものではなく、この活動が個人の記憶だけではなく外部の記録にも残っていることです。
忘れない。風化させない。つながり続ける。
震災から年月がたっても、あの日から続く関係は終わっていません。
「幸せの歌」を歌うことも、現地の人とつながり続けることも、僕にとっては同じ時間の続きです。忘れない。風化させない。つながり続ける。これからも、その姿勢を大切にします。





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