お金で解決できない世界が始まった

ニュースを毎日見ていると、ときどき、まったく別々に見えるニュースが、ある瞬間に一本につながることがあります。
2026年10月3日のニュースが、まさにそうでした。
東京の物価が上がった。
アメリカの雇用が弱くなった。
G7が石油備蓄の放出を加速させる。
日本がロシアの船を制裁する。
サウジアラビアが紅海を巡る軍事作戦を準備する。
イエメンでは食料危機が悪化する。
アメリカとウクライナは重要鉱物への投資を始める。
ブラジルでは新しい石油層が発見された。
一見すると、経済、戦争、外交、エネルギー、資源。
全部バラバラです。
でも僕には、同じニュースに見えました。
「お金では作れないもの」の価値が、ものすごい勢いで上がっている。
世界がそこへ戻っているのです。
金利を上げても、石油は一滴も増えない
まず、日本です。
2026年9月の東京都区部のコア消費者物価指数は前年比2.7%上昇しました。
生鮮食品とエネルギーを除く指数も3.0%上昇しています。
そして10月2日、木内経済財政相は、日本はもはやデフレ状態ではなく、物価を押し上げるための過度に緩和的な金融政策は必要ない、という認識を示しました。
これは、日本にとってかなり大きな変化です。
30年近く、日本の経済政策には一つの大きなテーマがありました。
物価が上がらない。
賃金が上がらない。
企業がお金を使わない。
だから金利を下げる。
中央銀行がお金を供給する。
需要を作る。
企業や家計に、お金を使ってもらう。
アベノミクスも、その延長線上にありました。
ところが今は逆です。
物価は上がっている。
問題は、
「もっとお金を使ってもらうにはどうするか」
ではなく、
「なぜこんなに高くなってしまうのか」
へ変わっています。
ここで重要なのが、インフレの中身です。
たとえば原油が足りない。
軽油が足りない。
船が遠回りする。
輸送費が上がる。
電力が高くなる。
こういうインフレに対して、中央銀行のできることは意外と少ない。
金利を上げれば、人は住宅や車を買いにくくなる。
企業も投資を減らす。
需要を弱くすることはできます。
でも、
金利を2%上げても石油は一滴も増えません。
日銀が国債を売っても、タンカーは増えません。
FRBが政策金利を上げても、製油所の処理能力は増えません。
つまり中央銀行は、
「足りないものを増やす」
ことができない。
できるのは、
「みんなが買えないようにすることで需要を減らす」
ことです。
これ、考えてみると結構すごい話です。
物が足りない。
だから値段が上がる。
でも物を増やせないから、人々の購買力を落として帳尻を合わせる。
もちろん金融政策にはインフレ期待を抑える役割もあるし、供給を増やす政策は政府や企業にもあります。ただ、金利の操作だけで石油や船そのものを増やすことはできない。
これが、供給制約下の金融政策です。
だからG7は、金利ではなく備蓄を動かそうとした
その答えが、同じ日の別のニュースに出ています。
G7は10月2日、IEAを通じて原油やディーゼルなど約1億バレルの備蓄放出を加速し、今後4カ月程度で市場へ届ける方針を示しました。
ここが象徴的です。
金利では足りないから、
本物の石油を出す。
政策金利ではなく、
タンクの中身です。
これを見て僕は、
「ああ、世界は実物に戻ってきたな」
と思いました。
ただし、ここは数字を正確に見たい。10月7日にIEAが説明したところでは、この約1億バレルは、3月に決定した計4億バレルの協調放出のうち、まだ市場へ出ていなかった残りの分です。新たに1億バレルを上乗せする決定ではありません。G7の発表と、実際に放出済みの量も別です。
それでも重要なのは、政府が金利の数字だけでなく、現物の備蓄と供給速度を問題にしていることです。
2008年の金融危機以降、僕たちはずっと、
お金をどう動かすか。
金利を何%にするか。
中央銀行が何兆ドル供給するか。
国債をどれだけ買うか。
という世界を見てきました。
金融政策が世界経済の主役に見えていた。
でも今、問題になっているのは、
油田があるか。
製油所が動くか。
タンカーが航行できるか。
港が使えるか。
という話です。
中央銀行のパソコンの中では解決できません。
世界経済は「細いところ」で止まる
そして紅海。
サウジアラビアは、フーシ派からバブ・エル・マンデブ周辺の主導権を取り戻す軍事作戦を準備していると、10月2日に報じられました。この時点では準備段階の報道です。
バブ・エル・マンデブは紅海とインド洋をつなぐ狭い海峡です。
世界地図で見れば、本当に細い。
でも、この細い場所の安全が崩れると船が迂回する。
輸送日数が延びる。
燃料消費が増える。
船の供給が事実上減る。
保険料が上がる。
運賃が上がる。
最終的には、まったく関係なさそうな国の商品の価格まで上がります。
世界経済って巨大です。
GDPは何百兆ドル。
金融市場では毎日とてつもない金額が動く。
でも、その巨大な世界経済が、
細い海峡一本で詰まる。
スエズ運河。
ホルムズ海峡。
バブ・エル・マンデブ。
パナマ運河。
現代経済はものすごく高度になったのに、その土台は驚くほど物理的です。
そして、その海峡は「物流ルート」である前に生活そのもの
ここでもう一段、視点を変えてみます。
世界経済から見れば、バブ・エル・マンデブは物流ルートです。
でも、イエメンに住む人から見れば違います。
WFPが10月2日に公表した調査では、支援機関が立ち入れたイエメン政府支配地域で、74%の世帯が基本的な食料需要を満たせない状態になっています。
イエメン全体では1830万人が深刻な食料不安に直面しています。
これは海峡だけが原因という数字ではありません。長引く戦争、避難、物価、支援の不足、国内の市場や道路の混乱が重なっています。
つまり、
僕たちから見れば、
「紅海が止まると輸送費が上がる」。
現地の人から見れば、
「食べ物が来ない」。
同じ地域の物流と安全の問題です。
僕はここに、今の世界経済を理解する上ですごく重要なものがあると思っています。
物流とは、経済の効率化ではありません。
本来は生活インフラです。
平和なときには、それを忘れているだけです。
Amazonで注文したものが翌日に来る。
スーパーにいつでも商品が並んでいる。
ガソリンスタンドへ行けば燃料がある。
だから物流は「裏方」に見える。
でも一度切れれば、一瞬で主役になります。
世界は「最適化しすぎた」
僕は、ここにもう一つの原因があると思っています。
この30年くらい、企業経営では徹底的に「無駄をなくす」ことが正しいとされてきました。
在庫を減らす。
余剰設備を持たない。
最も安い国から調達する。
物流を高速化する。
工場を集約する。
部品供給を一本化する。
資本効率を上げる。
使っていない設備は悪。
余っている在庫は悪。
二重投資は悪。
これは平和で物流が安定している世界なら、圧倒的に合理的です。
でも。
港が止まる。
戦争が起きる。
制裁が始まる。
特定の国から物が来なくなる。
海峡が封鎖される。
すると昨日まで「無駄」と呼んでいたものが、
突然、
「安全保障」
になります。
余っている石油備蓄。
複数の調達先。
使っていない生産能力。
別ルートの物流網。
国内工場。
代替エネルギー。
全部、平時なら非効率です。
でも非常時には、それが国家や企業を救う。
つまり今、世界では、
「効率」
と
「余裕」
の価値が逆転し始めている。
僕はここがものすごく重要だと思っています。
35隻の船を名指しした日本の制裁
日本政府は10月2日、ロシア関連の追加制裁として35隻の船舶を対象にしました。
対象船への一定のサービス提供や、売買・貸付・保証などに関わる取引を許可制にする措置です。すべての船舶がその場で航行不能になった、という意味ではありません。
これも、金融制裁のニュースに見えて、実は物理のニュースです。
ロシアに金融制裁をかける。
でも石油は存在しています。
買いたい国もある。
だから運ぶ。
それを支えているのが船です。
船籍を変える。
会社を変える。
保険を変える。
仲介会社を挟む。
制裁を回避しながら石油を運ぶ。
すると制裁する側も、
銀行だけを止めても足りなくなる。
船を特定する。
保険を規制する。
船舶向けサービスを規制する。
ファイナンスを規制する。
つまり金融制裁を突き詰めていくと、
最後は、
「この船を誰が動かすのか」
という世界になる。
お金の戦争が、最後は船に行き着く。
ここも非常に象徴的です。
その後、10月9日には逆向きの動きもありました。アメリカがロシア産軽油の取引・輸入を期限付きで認めたのです。制裁の方針と国内の物価対策がぶつかる場面は、ロシアを制裁していたアメリカが、ロシアの軽油を認めた日で取り上げています。
同盟も「理念」から「鉱山」へ
さらに分かりやすいのが、アメリカとウクライナです。
10月2日、米ウクライナ復興投資基金は、エネルギーと重要鉱物への新しい投資や提携を承認しました。
アメリカ財務省自身が、この投資について、重要なサプライチェーンの確保、ウクライナのエネルギー強靱化、重要鉱物産業の開発を目的として挙げています。
ここには、ものすごく現代的な国家関係が見えます。
アメリカとウクライナは、
民主主義という価値観でつながる。
軍事支援でつながる。
安全保障でつながる。
それだけではありません。
鉱山でもつながる。
発電設備でもつながる。
資源の購入契約でもつながる。
投資でもつながる。
DFCは、ウクライナがリチウム、チタン、グラファイト、ウランなどの重要資源を持つことを明記し、敵対国に依存しない供給網の確保を安全保障上の目的として説明しています。
ただし、10月2日の承認は新しい案件の投資・提携の決定で、すべての鉱山がすでに稼働し、資源の供給が始まったという話ではありません。
つまり国家同士の同盟が、
条約だけではなく、
「物理的に切り離しにくい経済関係」
によっても支えられようとしている。
これ、僕はかなり大きいと思います。
本当に強い同盟は、
仲が良い国ではないのかもしれない。
片方の工場が止まると、もう片方が困る。
片方の鉱山が止まると、もう片方の産業が困る。
片方の港が止まると、もう片方の物流が困る。
そのくらい実物経済が絡んでいる国同士なのかもしれません。
戦争が終わる前から「戦後」が始まっている
そして、僕がこの米ウクライナ基金でさらに注目したのは、
戦争が終わってから復興を考えているわけではない
ということです。
まだ戦争中です。
それなのに、
どの鉱山を開発するのか。
誰が資金を出すのか。
誰が電力設備を作るのか。
どの企業が参加するのか。
どこへ資源を売るのか。
という戦後経済の設計が始まっている。
これは単なる「復興」ではありません。
未来の経済圏を先に作っている。
軍事的に土地を守ることと、
経済的にその土地をどの圏域へ組み込むかが、
同時進行しているのです。
戦争が終わる。
和平協定を結ぶ。
復興が始まる。
そんな順番を想像しがちだけれど、現実には工程が重なっています。
ここでも、戦争と経済の境界が薄くなっています。
脱炭素なのに、新しい油田を探している
そして10月2日。
ブラジルのPetrobrasは、アマパ州沖の超深海にあるMorpho井で、新たな石油を含む地層を確認したと発表しました。
水深は2886メートル。
この数字は、油層そのものの深さではなく、掘削地点の海の深さです。
8月にも同じ井戸で炭化水素が確認されており、今回はさらに新しい油層が見つかりました。商業生産が確定したという発表ではありません。
これも、今の世界を象徴しています。
世界は脱炭素を進めています。
EVを増やす。
再生可能エネルギーを増やす。
石油依存を減らす。
でも同時に、
新しい油田も探している。
一見矛盾しています。
でも僕は、そんなに矛盾していないと思っています。
国家は、
2050年の理想だけでは動けません。
来年の電力。
今年のガソリン。
今冬の暖房。
5年後の産業。
全部必要です。
だからエネルギー転換は、
石油をやめて再エネへ移る、
という単純な置き換えにはならない。
現実には、
石油も確保する。
天然ガスも確保する。
原子力も使う。
再エネも増やす。
蓄電池も増やす。
送電網も作る。
という、むしろ選択肢を増やす競争になっていくのだと思います。
これも結局、
「余裕」の話です。
これから価値が上がるのは「余っているもの」かもしれない
ここまでニュースをつないでいくと、僕には一つの逆転が見えます。
これまで企業経営では、
余っていること
は悪でした。
余剰在庫。
余剰設備。
余剰人員。
複数の仕入れ先。
予備電力。
予備ルート。
全部コストです。
でも不安定な世界では、
その余分なものが、
「壊れないための保険」
になります。
経済学っぽく言えば、
余剰能力にオプション価値が付き始めた。
僕ならもっと単純に、
「無駄が、無駄じゃなくなった」
と言います。
倉庫に石油が余っている。
昔なら、資本効率が悪い。
今なら、国家安全保障。
国内に少し高い工場が残っている。
昔なら、海外移転した方が安い。
今なら、供給網の保険。
仕入れ先が3社ある。
昔なら、集約すれば値下げ交渉しやすい。
今なら、1社が止まっても会社が止まらない。
30年間、世界中の企業が追求してきた、
「最適化」
そのものの評価が変わり始めています。
日本はこの世界で結構危ない
そして、ここまで考えると、日本の問題も見えてきます。
日本はお金を持っています。
大きな経済もある。
技術もある。
でも、
原油を大量に輸入する。
天然ガスも輸入する。
食料も輸入する。
鉱物も輸入する。
海上物流への依存も大きい。
つまり「実物が重要になる世界」では、日本はかなり影響を受けやすい国です。
円を刷れば原油が出てくるわけではない。
金利を下げても小麦は作れない。
株価が上がっても海峡は開かない。
日本がこれから考えるべきなのは、
GDPだけではなく、
何日分のエネルギーを持っているか。
どこから食料を買っているか。
鉱物を何カ国から調達できるか。
港や海運をどう守るか。
国内で何を作れるか。
電力を安定供給できるか。
という話なのかもしれません。
これは経済政策であると同時に、安全保障です。
「金融の時代」が終わったわけではない
ここは大事なので、最後に一つだけ整理しておきたい。
僕は、
金融の時代が終わった
と言いたいわけではありません。
お金はこれからも強い。
金利も株価も為替もものすごく重要です。
でも、
お金だけで何でも解決できると思えた時代
が終わりつつあるのだと思っています。
足りない原油は、札束では代用できない。
切れた物流網は、政策金利ではつながらない。
採掘に10年かかる鉱山を、中央銀行は来月作れない。
人が育つ時間も短縮できない。
世界には、
お金を積めば増やせるものと、
どうしても時間と場所と物理法則に縛られるものがあります。
そして今、その後者が世界経済のボトルネックになっている。
世界は未来へ進みながら、ものすごく原始的になっている
2026年。
世界はどんどんデジタルになっています。
金融は一瞬で国境を越える。
企業価値は画面の中で何兆円も動く。
情報は光の速度で世界を巡る。
でも、その世界の一番下には、
原油を積んだ船がいる。
鉱山で石を掘る人がいる。
港で荷物を降ろす人がいる。
発電所がある。
送電線がある。
道路がある。
小麦がある。
そして、それを食べる人がいる。
どれだけ世界が高度になっても、
最後はそこから逃げられない。
だから僕は、これからニュースを見るとき、
金利はいくらか。
株価はいくらか。
GDPはいくらか。
だけではなく、
「その数字の下で、実際には何が動いているんだろう」
を見るようにしたいと思っています。
石油なのか。
船なのか。
食料なのか。
鉱物なのか。
電力なのか。
人なのか。
そして、
どこが詰まったら世界が止まるのか。
そこを見る。
たぶん、これからの世界で本当に価値を持つのは、
最も効率のいい国や企業だけではありません。
壊れたときにも動き続けられる国。
一つ止まっても別の道を持っている企業。
必要なものを自分で確保できる社会。
つまり、
「無駄を削り切った強さ」ではなく、
「余裕を残した強さ」
なのだと思います。
世界は今、
効率を競う時代から、
壊れないことを競う時代へ、
少しずつ入り始めているのかもしれません。
出典・検証した資料
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この記事を書いた人
可児波起(かに なみき)。マーケティングデザイナー/DXコンサルタント。2026年10月3日の経済・外交・エネルギー・戦争・資源に関するニュースを横断し、『効率』と『余裕』の価値の変化を考えた社説。





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