STAND WAVEと僕の宝物|20年後に届いた『まだ大好きです』という言葉
更新日:9月25日


最終確認:2026年9月22日
STAND WAVEと一緒に歩いてきた
1998年、僕はHIP HOPグループSTAND WAVEを結成しました。僕の名前『波起』を、なんとなく英語にしたところから付けた名前です。
音楽だけでは生活できなかった時期には、仕事をしながら活動を続け、街のお祭り、高齢者施設、障がい者施設、児童養護施設などでライブをする機会もありました。
中学3年生の女の子が、貯金箱を持ってきた
あるライブのあと、中学3年生だった『さゆりちゃん』が、缶の貯金箱を持ってCDを買いに来てくれました。
1,500円のCDを買うために持ってきてくれたのは硬貨でした。一緒に数えたことを、今も覚えています。彼女にとって大切なお金を、僕らの作品へ使ってくれたことが心に残りました。
20年ほど経って、突然メッセージが届いた
それから長い時間が経ったころ、SNSを通じて『覚えていますか? まだSTAND WAVEが大好きです!』というメッセージが届きました。
当時中学生だった彼女は、お母さんになっていました。それでもSTAND WAVEを紹介し、また応援してくれるようになったのです。
家に残っていた4枚のCDを送った
『CDって、まだ売っていますか?』と聞かれ、お正月に実家を探したところ、4枚の作品が見つかりました。
それぞれのアルバムへ、その作品のテーマになる言葉とサインを書き、彼女へ送りました。
その晩、小さな息子さんが『かにしゃん。しーでぃーありがとっ』と話す短い動画が届きました。僕はそれを見て、暖かい涙が出ました。
作品は、作った人の手を離れて生き続ける
2023年の元の記事には、代表曲『優しくありたい』がカラオケで歌われ、その当時の明細では1曲あたり約4円、月に約1,000円の印税が入っていたと記録しています。
これは2023年当時の僕個人の明細を見た記録で、現在の一般的な印税率を説明する数字ではありません。
僕が嬉しかったのは金額ではなく、昔作った曲を今も誰かが歌い、覚えてくれていると数字から分かったことでした。
僕にとっての宝物
心を込めて作ったものが、自分の知らない場所で誰かの人生の一部になっている。
さゆりちゃんとの再会は、作品を作ることの意味をもう一度教えてくれました。今もSTAND WAVEを覚えていてくれる人たちへ、心から感謝しています。





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