「良い円安」「良い物価高」の幻想:構造的に成立しない日本社会
- 可児波起

- 6月3日
- 読了時間: 4分


「良い円安」💴
「良い物価高」📈
最近、よく見かける言葉です。
円安になれば輸出企業が潤う。
⬇️
企業収益が増えれば賃金が上がる。
⬇️
物価が上がればデフレを抜け出せる。
⬇️
そして、賃金と物価の好循環が生まれる。
理屈としては、とても分かりやすいです🤔
ただ、実際に企業の現場にいると、
そこまで単純には見えません。
私は仕事柄、
大企業の経営層、事業責任者、中小企業の経営者、現場のマーケティング担当者と話す機会があります。
その中で感じるのは、
今の日本企業の多くは、物価高や円安を
「成長の追い風」として受け止められる状態にはない、ということです。
たとえば、賃上げの議論💰
物価が上がっているのだから、
企業はもっと賃上げすべきだ。
もちろん、生活者の視点ではその通りです。
食品も上がる。
電気代も上がる。
ガソリンも上がる。
賃金が上がらなければ、生活は苦しくなる一方です😔
ただ、企業側から見ると話はかなり違います。
賃上げ、とくにベースアップに必要なのは、
売上ではありません。
利益です。
ここを混同している議論が、とても多いと感じます。
売上が増えていても、
原材料費、電気代、物流費、人件費がそれ以上に上がっていれば、利益は残りません。
中小企業の経営者と話していると、
「値上げはしているけれど、利益が増えているわけではない」
「仕入れが上がりすぎて、価格転嫁しても追いつかない」
「給料は上げたいが、固定費にするのが怖い」
こういう声をよく聞きます。
外から見ると「値上げしている会社」。
でも内側では、利益率が下がっている。
この状態で、継続的な固定費になるベースアップを求めるのは、相当難しいです。
一時金ならまだ判断できます。
でも基本給を上げるとなると、来年も再来年も払い続ける前提になります。
社会保険料の会社負担も増えます。
経営者が慎重になるのは、ある意味で当然です。
円安についても同じです💴
かつての日本なら、円安は分かりやすい追い風でした。
国内で作る。
⬇️
海外に売る。
⬇️
輸出企業が儲かる。
⬇️
国内工場が動く。
⬇️
雇用と賃金に波及する。
そういう構造があった時代なら、
「良い円安」という言葉にも現実味があったのだと思います。
でも今は、生産拠点もサプライチェーンも大きく変わっています。
エネルギー⚡
食料🍚
原材料🏭
半導体💻
クラウド☁️
AI関連インフラ🤖
日本は多くの重要なものを海外に依存しています。
円安は、一部の企業にはメリットがあります。
海外売上や為替差益が業績を押し上げるケースもあります。
でも、その利益が日本社会全体に広く回っているかというと、かなり疑問です。
一方で、国内向けに商売をしている企業、特に中小企業には、円安は仕入れコストの上昇として返ってきます。
生活者には、食品やエネルギー価格の上昇として返ってくる。
国全体で見れば、海外から物を買う力が弱くなる。
つまり、今の日本は、
円安のメリットを社会全体で受け取る構造がかなり弱くなっているのではないかと思います。
ここで大事なのは、
政権がどうだ、日銀がどうだ、という話だけにしないことです。
もちろん政策判断は重要です。
ただ、どんな政権でも、どんな日銀総裁でも、同じ壁にぶつかるはずです。
利上げをすれば、住宅ローンや企業借入に痛みが出る。
財政を締めれば、生活支援や地域経済に痛みが出る。
価格転嫁を進めれば、消費者に痛みが出る。
賃上げを求めれば、利益の薄い中小企業に痛みが出る。
つまり、日本社会全体が、痛みを受け止めにくい構造になっているのだと思います。
必要なのは、単に
「賃上げしろ」
「円安を止めろ」
と言うことではありません。
必要なのは、
✅ 賃上げできる利益構造
✅ 価格転嫁できる取引構造
✅ 値上げをすべて悪としない社会理解
✅ 円安メリットを国内に還元できる産業構造
そうした土台がなければ、
「良い」という言葉だけが先に走ってしまう。
「良い円安」
「良い物価高」
言葉としては分かりやすい。
でも、今の日本に本当にそれを成立させる条件があるのか。
現場の肌感覚としては、かなり懐疑的です。
まず疑うべきは、政策の成否以前に、
そもそも「良い円安」「良い物価高」という前提そのものが、今の日本に成立するのか。
ここなのではないかと




コメント