【社説】世界は儲かっている。では、その請求書は誰が払うのか?

2026年10月9日のニュースから考える
今日のニュースを見ていて、少し奇妙なことに気がついた。
世界中で、とんでもない金額のお金が動いている。
Samsungの2026年7〜9月期の営業利益見通しは、なんと107兆4000億ウォン。日本円にして約10兆円を超える。(Samsung公式資料)
売上ではない。利益だ。
台湾のTSMCも、AI半導体の需要によって過去最高の売上を記録した。(TSMC公式開示)
一方、Googleは人間の代わりに仕事をするAIエージェントを発表し、Anthropicはデータ分析や動く説明資料までAIでできるようにした。
人間の仕事が、どんどん効率化されていく。
これだけ聞けば、世界は素晴らしい方向へ進んでいるように感じる。
ところが。
同じ日のニュースには、AI企業の売上高をめぐる疑問、巨額の資金調達、データセンターの電力不足、企業の人員削減が並んでいる。
アメリカでは金利が高止まりし、原油価格も高い。
日本では、食料品の消費税を引き下げるための財源を、政府が探している。
なんだか、おかしくないだろうか。
技術は進歩し、生産性は上がり、企業は過去最高の利益を出している。
それなのに、なぜ世界中で、お金が足りないという話ばかり聞こえてくるのだろう。
僕は、この矛盾こそが、今日のニュースの本質だと思う。
頭脳はデフレ。資源はインフレ。
まず、AIの話をしよう。
Googleは、仕事の内容に応じてAIモデルを使い分ける仕組みを発表した。簡単な仕事には安いモデル、難しい仕事には高性能なモデルを使う。
Google自身が、最大のAIモデルが常に最適とは限らないと説明している。
しかもGoogleによれば、AIのトークン単価は2024年から約98%も下がったという。Google Cloud
ここが重要だ。
AIを利用する企業は、どんどん安く使おうとしている。
僕だってそうだ。
毎日のように生成AIを使い、仕事の仕組みを作り、自動化を進めている。でも、何でも最高性能のAIに任せようとは思わない。
安いAIで十分な仕事なら、安いAIを使えばいい。
企業が合理的に考えれば、当然そうなる。
では、世界中の企業が同じことを始めたらどうなるだろう。
AIを提供する企業の価格競争は、さらに激しくなるかもしれない。
その一方で、AIを動かす半導体やメモリは不足し、電力やデータセンターへの投資は増え続けている。
つまり、こんなことが起きている。
AIという頭脳の利用料金は、下がっていく。
しかし、その頭脳を動かすために必要な物理的資源には、値上がりの圧力がかかる。
頭脳はデフレ。資源はインフレ。
僕が以前書いた『AIインフレが始まった』というコラムは、まさにこの問題を考えたものだった。
生成AIが膨大な半導体やメモリを必要とすることで、AIとは直接関係のない製品まで値上がりしていく可能性がある。
ゲーム機やスマートフォンを買う人は、AI用のデータセンターを建設してほしいと頼んだわけではない。
それでも半導体の奪い合いが起これば、その影響を受ける。
AIを使っていない人まで、AI産業が生み出したコストを負担する可能性がある。
これは、僕が以前から疑問に思っていることだ。
生成AIによって世界は便利になる。
でも、その便利さのために必要なお金を、誰が払っているのだろう。
そして、誰が払うべきなのだろう。
AIに流れたお金は、最後に利益になるのか
さらに、OpenAIの年換算売上高が約700億ドルではなく、約500億ドルだったという報道が出た。
背景には、クラウド事業者を経由した売上をどう計上するかという、数字の定義の違いがある。
つまり、実際の売上が突然200億ドル消えたという話ではない。にもかかわらず、企業価値を考えるうえで数字の見え方は変わった。Reuters
一方、NVIDIAが出資するオーストラリアのデータセンター企業Firmusは、50億ドル規模のIPOを取りやめた。報道では市場の変動性などが背景に挙げられている。投資家が成長予測そのものを否定したとまでは確認できない。Reuters
この二つのニュースを見て、僕は以前から抱いていた疑問を改めて感じた。
今のAI産業には、巨額のお金が流れ込んでいる。
そのお金によって半導体が売れ、データセンターが建設され、建設会社や電力会社にも仕事が生まれる。
実際に経済活動が起きている。
では、その設備を使ったAIサービスから、最終的にいくらの利益が生まれるのか。
半導体メーカーが過去最高益を出したことは、AIサービスを運営する企業が投資を回収できる証明にはならない。
借りたお金は、売上ではない。
将来の利益予測は、まだ利益ではない。
企業同士が相互に投資し、巨額の契約を交わしても、それだけで社会全体に新しい購買力が生まれたわけではない。
そして、どれだけ複雑な金融の仕組みを作っても、最終的な投資負担が消えてなくなるわけではない。
ここを混同すると、巨大な売上と巨額の資金調達によって、実際以上に豊かな産業が存在しているように見えてしまう。
僕は生成AIの成長を否定しているのではない。
むしろ、毎日のようにAIの新しい使い方を試し、その可能性を実感している。
だからこそ、技術の成長と投資の合理性は分けて考えたい。
素晴らしい技術が生まれることと、その技術を開発するために投じられたすべての資金が回収されることは、同じではないのだ。
従業員が残した情報は、誰の財産なのか
さて、ここからは少し違うニュースを見てみよう。
Googleが、倒産した航空会社Spirit Airlinesの社内データを1000万ドルで購入しようとしている。
対象には約1億件のメールと、約5億件のMicrosoft Teamsメッセージなどが含まれるという。
アメリカの議員120人以上が、従業員のプライバシーに懸念を示している。Googleは個人情報を除外・匿名化する方針を説明している。売却は裁判所の承認待ちであり、まだ確定していない。Reuters
このニュースを見て、僕は違うことを考えた。
会社が倒産すると、従業員が長年働いて残してきた記録まで、企業の資産として売却される可能性があるのか。
例えば、ある人が20年間、会社のために働いてきたとする。
毎日メールを書き、同僚と相談し、失敗を報告し、改善案を考えてきた。
その20年間の記録が、会社の倒産によってAI企業の学習データになる。
確かに、会社が管理していたデータかもしれない。
でも、その情報を生み出したのは人間だ。
そもそも従業員は、将来AIの学習に使われるために働いていたわけではない。
こうした情報を利用することによって、AI企業は新しい価値を生み出す可能性がある。
では、その価値は誰のものなのだろう。
これもまた、利益を得る人と、そのために何かを提供する人が違うという問題だ。
McDonald’sのAI価格設定をめぐる訴訟も同じように考えられる。
AIを使って販売価格を最適化すれば、企業の利益は増えるかもしれない。
しかし、競争する店舗の非公開情報を集約することで価格競争が弱まれば、その負担を背負うのは商品を購入する消費者だ。
もちろん、現時点では原告側の主張であり、違法な価格調整が認定されたわけではない。McDonald’s側は、加盟店が価格を独自に決めており、AIが販売価格を決めているわけではないと否定している。Reuters
ただ、ここには共通した問題がある。
AIによって企業活動を効率化することと、社会全体が豊かになることは、同じではないということだ。
AIが若い人の「経験する場所」を変えてしまったら
さらにAmazonでは人員削減が進み、アメリカではAIによって若い労働者の仕事が変化しているという分析も出ている。
スタンフォード大学の調査では、AIの影響を受けやすい職種の22〜25歳の雇用は、比較対象と同じペースで伸びていれば到達したであろう水準を約19%下回っていた。ただし、これは特定の職種と年齢層で確認された傾向で、AIが社会全体の雇用を一律に奪ったという結論ではない。スタンフォード大学
経験豊富な人がAIを使えば、より多くの仕事をこなせるようになる。
しかし、これまで新人が経験を積むために担当していた仕事をAIが行うようになったら、その新人はどこで経験を積むのだろう。
企業にとっては合理的な人員配置かもしれない。
でも、社会全体で考えれば、将来の熟練者を育てる仕組みが弱くなる可能性がある。
短期的な生産性と、長期的な人材育成。
ここにも、同じ問題がある。
一度だけのお金と、毎年必要になるお金
さて、今度は日本の政治を見てみよう。
政府は、食料品の消費税率を1%に引き下げる法案を10月9日に閣議決定した。2027年4月から2年間の時限措置として進める方針だ。内閣官房
これによって減少する税収は、年間約4兆円台と見込まれている。
一方、政府は約7兆円の残高を持つ基金を調査し、使われていない資金などを見直そうとしている。Reuters
僕は、ここにも違和感を覚える。
7兆円という大きな金額を聞くと、減税に必要な年間4兆円台を十分に賄えるように感じるかもしれない。
でも、7兆円は基金の残高だ。
年間4兆円台は、減税の期間中、年ごとに発生する税収減だ。
一度だけ使えるお金と、毎年必要になるお金を同じように扱うことはできない。
しかも、基金に残っているお金のすべてが、自由に使えるわけでもない。
行政の無駄をなくすことには賛成だ。
必要のなくなった事業を見直すことにも賛成だ。
しかし、財政を健全にすることと、減税によって減る税収を補うことは、別の問題である。
今回は2年間の時限措置だ。それでも、2年間の財源をどう確保し、措置の終了後に何を戻すのかまで考える必要がある。
ここを曖昧にすると、結局は将来の国民が負担することになるかもしれない。
今日のニュースでは、フランスも財政問題に苦しんでいた。
ドイツは経済成長率の予測を上方修正したものの、エネルギー価格と物価上昇への懸念は残っている。
世界中の政府が、似たような問題を抱えている。
国民の生活を支えるためにはお金を使いたい。
しかし、国債を発行すれば利息の負担が増える。
金利を下げればインフレを刺激する可能性がある。
金利を上げれば経済活動が鈍る。
どの国も、自分たちにとって合理的な政策を探している。
しかし、世界中の国が同時に財政と金融の制約に直面すれば、一国だけで問題を解決することは難しくなる。
人が殺されている。その一方で、商談が進んでいる
そして、この状況をさらに悪化させているのが戦争だ。
今日もウクライナでは、民間のバスが停まる場所の近くへの攻撃で、多くの人々が命を落としたと報じられた。(AP通信)
一方で、アメリカとロシアの関係者は、Nord Streamという天然ガスのパイプラインを将来再び利用する可能性について話し合っているという。
ただし、実現が決まったわけではなく、制裁や欧州側の反対など障害も多い。Reuters
人が殺されている。
その一方で、戦争が終わった後のエネルギー事業について話し合っている。
なんとも複雑な構図だ。
ロシアには、天然ガスの輸出によって国家財政を支えたいという事情がある。
ドイツには、安価なエネルギーを確保したいという事情がある。
アメリカにも、和平交渉を進めながら経済的な利益を得ようとする思惑があるのだろう。
それぞれの立場から見れば、行動には合理性があると説明できるかもしれない。
しかし、そうした合理性を積み重ねた結果、人間の命が守られているのだろうか。
安全保障上の利益。
エネルギーを確保する利益。
国内政治の利益。
投資家の利益。
そうしたものが複雑に絡み合い、国家はさまざまな判断をする。
その結果として、人間が殺される。
僕は、ここにどうしても納得できない。
ロシアによる侵攻の責任と、各国が取ってきた外交政策の合理性は、分けて考えるべきだ。
そのうえで、どの国の利益であっても、人間の命を犠牲にすることを当然の前提にしてはならないと思う。
そして中東では、イランをめぐる対立が続き、サウジアラビアの民間航空施設にも攻撃が及んだ。(Reuters)
原油の国際指標であるブレント原油の価格は、1バレル100ドルを超えた。(Reuters・原油価格)
その影響は、戦争をしていない国にも広がっている。
日本も例外ではない。
原油価格が上がれば、輸送費が上がる。
輸送費が上がれば、さまざまな商品の価格が上がる。
結果として、戦争に参加していない国の消費者も、その経済的な負担を背負う。
これもまた、誰かの行動によって生まれた請求書を、別の誰かが支払っているという構造なのだ。
巨大なAIは、水と電力で動いている
そして世界気象機関は、エルニーニョ現象がさらに強まり、世界各地で干ばつや洪水のリスクが高まる可能性を示した。世界気象機関
一方、スペインでは、AIデータセンターを含む大規模データセンターが大量に使う電力や水について規制強化が検討されている。Reuters
ここにも、同じような問題がある。
AIを動かすためには電力が必要だ。
電力を作るためには設備や燃料が必要で、データセンターを冷却するためには水も必要になる。
AI企業にとってデータセンターの建設が合理的であっても、地域社会にとって水や電力の供給が圧迫されるなら、そこには新たな負担が生まれる。
そして気候変動や異常気象によって水資源が不足すれば、その問題はさらに深刻になる。
技術の発展には、物理的な限界がある。
ソフトウェアは、改良すれば瞬時に世界中へ配布できる。
しかし発電所や送電線、水道設備、半導体工場は、同じ速度では増やせない。
これも、僕が以前からAI産業について懸念していることだ。
今日のニュースを、最後は暮らしの中へ戻してみる
ただ、今日のニュースは、決して悲観的なものばかりではない。
日本のファーストリテイリングは、欧米市場での成長などによって5年連続の過去最高益を達成した。ファーストリテイリング公式
日本銀行の地域経済報告では、AI関連の設備投資が東北や四国の製造業を支えていることも示された。
科学の分野では、長年の研究成果がノーベル賞によって評価された。
文学賞では、古代ギリシャ文学と現代の表現を結びつけてきたAnne Carson氏が選ばれた。
こうしたニュースを見ると、人間が積み重ねてきた技術や知識、創造力によって、新しい価値が生まれていることも分かる。
僕は、技術の進歩そのものに反対しているのではない。
むしろ、新しい技術が登場すれば、どんなことができるのだろうと試してみたくなる。
生成AIもそうだ。
できなかったことができるようになる。
一人では扱えなかった仕事が扱えるようになる。
新しい発想が生まれる。
それは本当に素晴らしいことだと思う。
しかし、だからこそ考えたい。
その便利さを実現するために、どれだけのお金と資源が必要だったのか。
どの企業が利益を得たのか。
誰の仕事が変わったのか。
誰がその費用を負担しているのか。
そして、その技術は社会全体を豊かにしているのか。
企業が利益を上げること自体は、何も悪いことではない。
市場経済では、利益があるからこそ投資が行われ、新しい技術や商品が生まれる。
でも、企業が合理的に行動することと、社会全体が合理的な状態になることは同じではない。
一つの企業が人件費を削減すれば、その企業の利益は増えるかもしれない。
しかし、社会全体で雇用が減り、所得が減少すれば、商品を購入する人々の購買力も弱くなる。
一つの企業が大量の半導体を購入すれば、技術開発は加速するかもしれない。
しかし、その影響で半導体が不足し、ほかの製品の価格が上昇すれば、その負担を背負う人々がいる。
一つの国家が自国の利益を守るために軍事力を行使すれば、短期的に安全保障上の利益を得られると考えるかもしれない。
しかし、その結果として人が殺され、世界経済が混乱すれば、失われるものは計り知れない。
世界中の企業や国家が、それぞれにとって合理的な判断をしている。
その結果として、世界全体に不合理な状態が生まれている。
僕は、今日のニュースを読んで、そのことを強く感じた。
これからの時代、僕たちは技術の性能や企業の売上高だけで、進歩を評価するべきではないのかもしれない。
AIが何兆円の市場を作ったか。
企業がどれだけ人件費を削減したか。
株価が何倍になったか。
それも重要な数字だ。
でも、それだけでは分からないことがある。
その進歩によって、普通の人々の暮らしは本当に豊かになったのか。
僕は、これをもっと大切な評価基準にしたい。
世界中で莫大なお金が動き、企業が過去最高の利益を出している。
それでも、普通の人がスマートフォンを買うことをためらい、食料品の値上がりに苦しみ、将来の生活に不安を抱えているのなら。
その経済成長を、僕たちは何のために続けているのだろう。
生成AIが人間の仕事を効率化し、世界全体の生産性を高めるのであれば、本来、その成果はより多くの人々の暮らしを豊かにする方向へ働くはずだ。
少なくとも、そういう社会を目指すべきだと思う。
新しい技術を否定する必要はない。
経済成長を否定する必要もない。
ただ、利益だけを見るのではなく、その裏側で生まれているコストも見なければならない。
本当の進歩とは、誰かの負担を見えなくすることではない。
社会全体の負担を減らし、より多くの人が、その成果を受け取れるようにすることではないだろうか。
世界は今日も、ものすごい勢いで変わっている。
でも、その変化を評価するとき、僕はこれからも同じことを問い続けたい。
誰が儲かったのか。
では、その請求書は、誰に届いているのだろう。
そして、その請求書を払った人は、何を得られたのだろう。
そこまで見なければ、僕たちは本当に世界が豊かになっているのか、分からないのだから。
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この記事を書いた人
可児波起(かに なみき)。マーケティングデザイナー/DXコンサルタント。生成AIとEC運用の実務を通じ、技術の成果と社会の負担がどこへ届くかを考えています。





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