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【東日本大震災がつないでくれた『ご縁』】

2023年1月6日
読了時間: 3分

更新日:9月27日


2023年当時の記事です


この記事は、2023年当時の出来事や、そのとき僕が考えていたことを残した記録です。2026年9月22日に読み返し、リンクや表示など読みにくいところだけ整えました。内容はできるだけ当時のまま残しているので、サービス名・制度・数字などは現在と異なる場合があります。


【東日本大震災がつないでくれた『ご縁』】


2011年3月11日


東日本大震災


当時34歳だった僕は、


「今、自分に何ができるのか?」


を問い続け、震災で被災された「小学校」「中学校」「高校」800校以上に「東日本大震災 復興希望ソング集」として製作した


・幸せの歌


・希望がある


・この町



の3曲入りのCDと、手紙を送り、お返事をもらえた学校を訪ねる、ということからボランティア活動をスタートしました。


それから3年間。


毎月2〜3泊のペースで被災された場所を訪ね、


・歌ったり


・ロックフェスを開催したり


・仮設商店街のホームページを作りまくったり


・町の復興計画の計画書を作成したり


・肩を組んで、飲み明かしたり、、、


心が動くことに素直に、濃密な時間を過ごしました。


そして、素晴らしい「友人」「仲間」がたくさんできました。


先月、その時に制作した「東日本大震災 復興希望ソング集」を音楽配信サービスでリリースし、1週間で10,000回以上も再生されました。


そして、


今も、僕は、震災で出会った仲間たちと、繋がっています。


震災から11年以上


「可児さん元気??」


と連絡がきて、今は、オンラインで、一緒に音楽を作ったりしています。


パソコン選びから、マイク、ソフトウェアの選び方などなど、出来上がった曲を聞かせてくれて、あーでもない、こーでもない、いいながら楽しく素晴らしい日々を過ごしています。


もう「被災地支援」とか、そういった概念ではなく


「少し離れたところにいる、大切な友人」


という関係になれました。


本当は、10月に岩手県に会いにいく予定だったのですが


「可児さん、もうスタッドレスタイヤじゃないと、厳しいよ。また春になったら遊びにきてよ」


なんて、話したりしています。


iPhoneの写真を見てみると、当時の


「日時」「場所」が記憶されていました。


釜石市 - 大町


2013年10月18日 18:43


あの日、岩手県釜石市で、一緒にご飯を食べた記憶が蘇ります。


デジタルの良いところ。


あの日から、ずいぶん長い時間が経ち、記憶から、どんどん薄れていくのは、しょうがないけど、新しい、素晴らしい記憶が「上書き」されていくことを、とても嬉しく思っています。


忘れない


風化しない


共に、歩み続ける


当時、自分自身に決めた、キャッチプレーズ。


それは、まだ続いています。


終わり。。。




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